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2008年9月

2008年9月30日 (火)

生き抜くこと―対論

生き抜くこと—対論
雨宮 処凛,香山 リカ

amazonでは今日時点では何故かまだ「予約」扱いになってますが、近所の本屋さんで、勝間さんの本の隣に置いてありました(笑)ということで、2日続けて雨宮さんの出ている本です。

正直なところ、雨宮さんの持論は(当然ながら)同じです、で、それに対してどう応えるか、どういう話の流れに持っていくか、どういう切り口で論点を抽出するか、といった面において香山さんと勝間さんの力量の差が見えた2冊でした(^^;いえ、香山さんと勝間さんの問題意識のあり処の差であって、能力の差という単純な比較ではないですが。社会を少しでも良くしていくにあたって、あいまいな精神論じゃなくて、社会構造をどれだけ的確に認識するかという面において、ね。

印象に残った部分は2つ。
その1
いまどきの高校では、フリーターになると生涯賃金でこんなに損するよ、だから正社員になりなさい、フリーターはアカンよ、という教育をしているらしいです。でも現実問題として正社員のイスが半分しかない(15歳~24歳の働いてる人の半分が非正規雇用という統計がある)ところで、フリーターになるなって言われても、じゃあイスを取れなかった時はどうしたらいいの?って話。そこを全く教えてない。それじゃあ身を守れない。(これって、性教育と同じ構図では…。純潔を守りなさい教育だけしておいて、現実的な避妊方法を教えないっていうのと同じじゃん!)

その2
アメリカでは、軍隊のリクルーターが「軍に入れば大学に行けるよ」とか「健康保険があるよ」とかいう甘言で貧困層の若者を勧誘しているという話は堤未果さんの「ルポ貧困大国アメリカ」で読みましたが、それと同じような構図で自衛隊も若者を勧誘し始めているそうな!自衛隊が女性を勧誘する決め台詞の一つが「自衛隊は育児休暇が充実しています」なんだそうな・・・。いいのかそれ!!
国家制度としての徴兵制はなくとも、貧困が実質的な徴兵制度として既に機能しているアメリカ、これから機能していきそうな日本。戦争と貧困は密接に繋がっている。恐ろしい構図です。

昨日の記事に追記。
思うに、不安定雇用の低賃金層の場合、単に本や勉強に投資するお金が無いというより、学校のお勉強が苦手・嫌いだった人も多そうなので、そうなると仮にお金の余裕があっても本や自己投資にお金をかけないかな。そういう意識の問題のほうが根が深いかもしれません。もちろん大卒・院卒フリーターの問題もあるので、そういう層は逆に、余裕さえあれば引きこもって読書していたいかもしれない(笑)←ハッキリ言って私もそうです(爆)

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2008年9月29日 (月)

勝間和代の日本を変えよう Lifehacking Japan

勝間和代の日本を変えよう Lifehacking Japan


まず、勝間さんはノブレス・オブリージュの自覚のある人なんだ!というのが一言感想。日本のエリート層にはこの自覚が無いのが問題、という構造は、確か 佐藤俊樹さんの「不平等社会日本」や苅谷剛彦さんの「大衆教育社会のゆくえ」に書いてあったと思いますが、勝間さんはそこんところの自覚を持っておられる方のようです。
購入の動機としては、なんたって勝間さんと雨宮さんの対談が目当て!私がよく読む著者のお2人ですが、片や「自立のためには年収300万円じゃダメよ、600万円を目指しなさい」、片や「年収100万円台で生きられるか!健康で文化的な生存のために年収300万円よこせ!!」、出発点のケタが違いすぎるこのお二方がどういう話をするのか、話はかみ合うのか、めちゃめちゃ興味がありました。
当然ながら、「類は友を呼ぶ」のが人間なので、似たような嗜好・思考・階層の人に囲まれがちです。10代で会計士資格を取れるような方なら、当然人脈も勉強熱心で優秀な層になるので、30代フリーター・未来の展望ナシなんて知り合いが居なくて当然だと思いますが、「周りにいないから実感がわかない」とハッキリ言った上でちゃんとフリーター層の現実を知ろうとしている姿勢に好感が持てました。「インディペンデントな生き方ガイド」を読んだ時には、この人、年収100万円台なんて論外とかって初めから切り捨ててるのだろうか?という疑問もあったので・・・
ずっとエリートコースを歩んできて外資系を渡り歩くような優秀な人達にありがちな単純な自己責任論(フリーターは怠けてた自分のせいでしょ、私みたいに努力しないからよ、という言い方)をふりかざすようなことは全くなく、本の帯にあるとおり、格差・女性差別・貧困・資本主義の歪みを認めた上で少しでも良い日本の将来のために何ができるか?を考えているのがよく分かって、心底「ああ、この人いいな」って思いました。高学歴で外資系を渡り歩くような(外資系を渡り歩けるような能力を持った)優秀な人達の著作は、不安定雇用の低賃金層は初めから相手にしていないことが多いので、貧困に対してどう思ってるのかは、著作からはなかなか分からないわけですよ。本代に投資せよ、たって、食べてくだけでギリギリいっぱいの境遇だったらできるわけないし。私は幸い、本代くらいは出せる境遇にあるから、勉強=趣味なんてフザケたこと言ってますが(笑)
グーグル化とかフレームワーク力だと、もう初めから大卒ホワイトカラー層しか相手にしてなくて、恵まれた人達が更に足場を固めるにはどうやって自己を高めるか?みたいな話にしか見えなくて、私からすると雲の上のおハナシだったんですが、今回の著作では、中高年の雇用を守るために若者を切り捨てたことの問題(終身雇用の見直しや雇用の流動化が必要と提言されています)、女性差別が無意識下に根強くはびこっている日本の会社風土、アメリカンドリームと表裏一体のアメリカの貧困、そういうところをきちっと見据えて、中高年層の意識変革の必要性も訴えている部分が実に建設的。
最後の15の提言はおおむね賛成です。特に、若者ももっと投票するべき、最低賃金のアップ、正規・非正規の均等待遇、公教育の充実、配偶者控除よりも子供控除を、あたりは自分でも思ってることなので印象に残ってます。
本全体の中で一番印象に残ったのは「日本の女性は、性差別が厳然としてあるということを自覚せよ」という部分。女の側に甘えがあるのは事実だよな~・・・。私もそういう面があります。結婚するつもりはないから自分の食い扶持は自分で稼ごうとは思いつつ、女の子だからどうせ一生ヒラ扱いさ、と諦めてるとこあるので・・・。

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2008年9月28日 (日)

1年ぶりTOEIC

今日は1年ぶりにTOEICを受けてきました。
リーディングでPART5をゆっくりやりすぎて、PART 7 の最後の長文を読めずに時間切れ、適当マーク(爆)ダメダメすぎです・・・。最近「速く読む」ってことを意識的にやってなかったからなあ・・・そんなことで、リスニングはもともと当てずっぽうが結構あるし、
リーディングで痛恨の「時間切れ・適当マーク」をかましてしまい、自分のダメさ加減を痛感。
900点はまだまだ遠い(^^;

ちなみに私の傾向(去年のスコア、L400 R440 TOTAL840です)
長めの会話、アナウンス、ナレーション・・・の2項目は、約90%
短めの会話、アナウンス、ナレーション・・・の2項目は、約75%(爆)

こんなスコアの人間も少ないんじゃないかと思うのですが、どうなんでしょう。ただでさえ、普通はListeningの方が(Readingより)良い人が多いんだそうです。実際、ListeningとReadingが同じ点数でもパーセンタイルランクは、全然違いますからねえ。統計数字が示す事実。

その上 私は、Listeningのうちでも短い方がこんなに悪いっていう。私がいかにpart2が苦手か!普通はpart1→4に行くほど難しくなるって言うけど、長い文章のほうが、一つの単語を聞き逃しても全体の話題は分かるのに対して、一文勝負のPART1と2は私には厳しいです。何故世の多くの人はリスニングのほうが得意なのか不思議です。そのコツを教えて欲しい(^^;

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2008年9月27日 (土)

勉強は年収のためなのか?という疑問の原点

私の現在の収入源は吹けば飛びそうな中小企業勤務のお給料ですが、ライフワークというか実家の家業の縁で、仏教を学んでおります。ビジネス的に考えたら、伝統仏教の寺院なんて衰退産業の筆頭格であり、年金制度同様に抜本的な改革の無い限りは将来性の無いこと甚だしく、金銭的に考えたら「そんな沈み行く船に乗ってるなんて経済合理性に欠ける行為だ、いますぐ脱出してもっと稼げる業界へ移れ」ということになります。でも、宗教ってそういうものなんだろうかと・・・。
潰すべき衰退産業であるとしたら、ビジネス(収入源)としても成立する寺院経営を考えるためにビジネス書を読む、ということをしたって無意味です。自由主義経済の合理性の立場からは、将来性も収益性もない産業の企業は早く潰してしまって、衰退産業から新しいビジネスに人的資源や資金を集中すべきだ、と言われます。その通りだとしたら、寺院なんてとっとと潰してしまえということになります。実際放っておけば、30年後くらいにはどんどん潰れていくでしょう。そう思ってるなら、この「沈みゆく船」からは一刻も早く脱出すべきなのか?
・・・脱出すべきだと言われても、できません。これは経済合理性では考えられない。

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2008年9月21日 (日)

つなぐものと分断するもの

今日、友人と話したこと。

萌え話から重い話(?)まで多岐に渡るいろんな話が出ましたが、その中で「反社会的・反人道的な事象の中に萌え対象を持つこと(それを表明すること)は許されるか?」という話題が出まして。そのとき私が感じたことが…

スポーツや芸術、音楽はよく「言葉の壁/民族の壁を超えて」分かり合えるから素晴しい、みたいに言われるじゃないですか。確かに具体的に考えてみても、例えば、韓国に対して漠然と良くないイメージを持ってる人がいたとして、ある時フィギュアスケートという競技が好きになって、国際大会を観戦する中でキムヨナちゃんの演技に惚れて、それまでの反韓感情に穴が開く…とかいうことはありそうです。(この例は、私がたまたま女子フィギュアを好きなので出してみました。別にアメリカだろうがロシアだろうが中国だろうが、陸上だろうが水泳だろうがテニスだろうがサッカーだろうがバレーだろうが、その部分は何でも置き換え可能なので、それぞれ自分が好きなジャンルに置き換えてお読み下さい。)

そして、政治や民族紛争・戦争っていうのはその反対の効能を持つものだよなあと思いました。それは確実に人を分断するもの。500年1000年も経てば客観的な歴史の教訓としてとらえることもできるけど、やっぱ数十年では、感情というものは消えない。そこはやっぱり配慮というものが必要でしょう。人間だから。感情の生き物だから。機械じゃないから。

当時は忌み嫌われていた人が英雄になったりもするあやふやさを持ってるのが人間。良くも悪くも。100%の悪人も100%の善人も居ないのだから、その人の別の側面が見出されて評価が変わることもあるだろうし、単にその時の政治の思惑によって奉りたてられたり、貶められたりって恣意的に扱いを変えてしまうのも人間。

スポーツや芸術が人をつなぐものなら政治の思惑や戦争は人を分断するもの。

オリンピックはかなり政治の道具(国威高揚の道具)にもなってるので、スポーツの面と政治の面が入り乱れたイベントだと思います。

ただし政治が「分断するもの」なのは今現在が国境線に区切られた国民国家システムで世界が成り立っているからですね、きっと。ロバート・クーパーが「国家の崩壊」で述べているようなポスト近代的な国家間同盟によって国境を超えてつながれる世界になったらまた違うのではと思いますが。

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2008年9月20日 (土)

読みたい本が積み上がり中

読みたい本がいっぱいあって困ってます。(笑)本当は、仏教のレポートとかあってそちらの勉強をしないといけないんで、そっちに専念しとけよって話なんですけど、ついつい色々と手を出してしまって収集つかず。

この1年くらい日本国内における貧困とか格差問題とかの本をガンガン読んできてたわけですが、こないだ「最底辺の10億人」を読んだら、急に世界の貧困問題にも関心が移って…ある分野に初めて入ってみると押さえておくべき本というものがあるわけですが、途上国の援助問題といえばサックスという人とイースタリーという人の本が必読書なようなので、「貧困の終焉」と「エコノミスト 南の貧困と闘う」をamazonの中古で買ってみた。…のはいいのだが、読書好きと言いつつ普段は1冊1~1.5時間で読めちゃう、お手軽新書ばっかし読んでるので、分厚いハードカバーの500ページは堪えます(爆)すげえ時間かかる!

勝間和代さんが、ちゃんとした厚い本はお手軽新書をつまみ食いするよりよっぽどその値段と長さなりの価値がある、とゆーておられたので、やっぱそうかな~と思って、そろそろ新書専門を離脱しようと試みてるわけですが…

イースタリーの「エコノミスト 南の貧困と闘う」の原書は2001年の本で、近著は The White Man's Burden のようなのだが、こっちはどうも和訳本は無いようです。原書のamazonレビューを見てみると興味は引かれるのだが、原書にトライするなら、基本用語や背景、よく使われる概念を日本語で仕入れてからでないと絶対無理ー。ということで、まずは貧困の終焉」と「エコノミスト 南の貧困と闘う」を。原書で読む苦労に比べたら、日本語の500ページはどんだけ楽か、とは思います(笑)

ううむ、早く、興味を持った本の邦訳が出てなくても、じゃあ原書で読むか、とすんなり思えるくらいの英語力が欲しい~とすごく思います(^^;

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