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2008年11月

2008年11月30日 (日)

第143回TOEIC 受けてきました

下の記事の通り、フィギュアに夢中になって直前の追い込みは全くできないまま受験。まあ最後の1日で今更そんなに点数変わらないでしょ!と言い訳しつつ…

さて、ウーゴの音声レッスンのListen & Repeatの成果でしょうか、リスニングパートの問題文があんなにちゃんと聴こえたのは初めてでした!特にpart2、今まで半分くらいの問題で問題文自体が聞き取れず適当にマークしていたのが、今回は8割くらいの問題文が聴こえてきました。まあ問題文は聴けても選択肢の意味が分からなくて沈没した問題も多々だったので、スコアに反映されるかどうかは分かりませんが、とにかくpart2があんなに聴けたのは初めてで感動しました(笑)

つづいてpart3も4も、今まで以上に内容がちゃんと聞き取れて、感動でした。これも、問題文は何となく聴けていても、選択肢を見たら回答に迷ってしまって勘でマークした問題多々なので、スコアに反映されるかどうかは分かりませんが(^^; TOEIC はとにかく迷ってるヒマなく一瞬で答えていかないといけないので、後から思うとアホなミスもやらかしてます。例えばpart3の、同僚に車で送って欲しいとお願いしている会話で、朝は奥さんに送ってもらったんだけど…という内容は聞き取れていたというのに、「男性は今朝はどうやって出社したか?」の問題で、何を血迷ったかby car ではなくby trainにマークしてしまいました(爆)後から思うとアホなんですが、テスト中は瞬間的に正常な判断が下せていませんでした(^^;

リーディングは前回の反省を活かして、精度よりスピード重視を心がけました。3分残ったのであやふやだった問題を見直しました。(写真屋さんの問題。見直してマークしなおしたのが正解なようで嬉しいです(笑))神崎先生のTBRを聞いたら、今回のPART7は前回よりも分量が少なめで楽だったそうです。別に私の読むスピードが上がったわけじゃないらしい(笑)PART5は色々とあやふやで勘でマークが多かったんですが、improveとriseなんかはかなり悩みました。悩んだ挙句riseにしちゃったんですが、marketはimproveするものであって、riseするのはpriceだ、それにそもそもsign of improvementというコロケーションだからこのセットで覚えて下さい、という解説を聞いて納得。そ・そういえば、以前fruitful Englishの英文添削でも同じ過ちをした覚えが…(爆)復習は大事ですね。

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2008年11月29日 (土)

フィギュアNHK杯を観てきました

TOEIC前日だというのに、代々木体育館にフィギュアスケートのグランプリシリーズNHK杯を観に行っておりました。そしてうっかり夢中になっちゃって、夜もテレビ放送の録画を繰り返し見てしまって、前日に全く勉強しないままTOEIC受験することになっちゃいました(爆)でも真央ちゃんのトリプルアクセル2回挑戦を生で見れて大感動でした!生のトリプルアクセルは大迫力でした!!真央ちゃんぶっちぎり優勝で嬉しいです~。

フィギュアはそこまで大ファンというわけでもないのでアリーナ席は高いので、値段に負けて2階席。細かい表情とかまではよく見えないから家に帰って放送で確認しようと思ったら、あれ放送は後半6人だけ?前半6人の演技が見返せないのがちょっと残念。

フィギュアの生観戦はまだ3回目ですが、毎度ながら、真央ちゃん人気すごすぎです。特に、会場に来ている小さい女の子はほとんどもれなく真央ちゃんファンでは?っていうくらいです。6分間練習でもジャンプいっぱい跳んでて、ジャンプに賭けてるなーって伝わってきました。トリプルアクセルも2回成功して、否が応でも期待は高まる高まる!

・未来ちゃん
点数は全然伸びなかったんですが(後でスコア詳細を見ると、ジャンプが減点されまくり)、スパイラルでの足の上がり方が高くて綺麗だし、ビールマンスピンも体が柔らかくて惚れ惚れします。ただ本人はあんまり納得いく演技ではない様子でしたが・・・。しかし、すらっとした手足と独特のパントマイムっぽい動きで遠目でもすぐ分かる!ああいう個性は大事だと思うので、技術を磨いていっぱしのスケーターに成長して欲しいです。

・中野さん
審判には減点はされてたものの、素人目にはノーミスの圧巻の演技で、終わった瞬間に客席スタンディングオベーション。あの空気は凄かったです。スピンが本当に上手い、なんたって回転が速い!!ここぞという試合で決めて、ファイナルにも進出決定。ファイナルでは、トリプルアクセルにも挑戦して欲しいなー。

・鈴木さん
初めて生で拝見しましたが、こんなにすごいスケーターだったのか!と。冒頭のジャンプでちょっとミスった以外は本当にハイレベルな演技で、これまた凄かったです。ほんと試合に出れること自体を喜んでる感じで良いですね。中野さんもこの人も、気迫というか内面からにじみ出るオーラが強くて、ワグナーとレピストが負けたのは、2人の気迫に負けたんじゃないかっていう気がします(笑)

・真央ちゃん
最初のトリプルアクセル成功、それだけで大興奮です(笑)後でスコア見たら基礎点8.2+加点1.6で、このジャンプ一つだけで9.8点!わーお。次のも、客席はトリプル成功したと確信して大歓声です、しかもコンビネーション、しかも2つ目ジャンプで手を上にあげてるし、加点間違いなし!と思っていたら、審判からはダブルアクセル判定になってしまい女子初の「一つのプログラムで2回のトリプルアクセル成功」はならず、残念。続いての3連続ジャンプ、これもバッチリ決まって、もうこの時点で誰もが優勝を確信したはず(笑)昨日ぐらついちゃったスパイラルも今日はうまくいったし!その後のジャンプは全部単品ジャンプでしたが、全部加点もらえてましたねー。ステップも圧巻で、「観客を魅了」ってまさにこういうことを言うのね!最後に手をついたのはご愛嬌、むしろ真央ちゃんらしさで好感を持ってみてもらえるミスかと(笑)スピンだけは、正直ちょっと回るスピードが遅いなあという印象でした。後半のフリップがコンビネーションにならなかったのも、ジャンプに入る直前のスピードがやや遅い感じがしたので、それもあるんでしょうか。
ただジャンプだけじゃなくて、指先にいたるまでの優雅さとかそういう面でも真央ちゃんは飛び抜けてハイレベル。ナチュラルにバレリーナが氷上にいるみたいな、流れるような舞です。今回の出場者の中ではprogram componentsもダントツで、skating skillsは8点に乗ってるし。
演技が終わった瞬間、会場すごすぎ(笑)スタンディングオベーションは当然のこと、投げ込まれる花束とプレゼントの量が異常、全部回収するのにフラワーガール(拾いに行く子供達)が総出で、3回出動してました。得点は見ずとも優勝は確信してましたが(笑)、190点突破おめでとう~heart01

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2008年11月28日 (金)

英英辞典と単語学習

Longman Dictionary of Contemporary English

ちょうど神埼先生が語彙学習についての記事を書かれていたので、触発されてみました(笑)。そうか、やっぱり英英辞典は効くのかー。

最近やっと、英和辞典より英英辞典のほうが単語の意味するところが分かりやすいと思えるようになりました(笑)今年は新しい単語を調べるときも、もっぱらこの英英辞典のCD-ROMや、LONGMANのオンライン辞典を使っています。Japan Times社説集を読んでて知らない単語・あやふやな単語があったら、この辞典で調べて、確かめるようにしています。春に英検準1級の対策を始めた頃から、Japan Times社説集2006年~2008年上半期の3年分くらいについてそれをしてるのですが、実際BBCの英語ニュースでも調べた単語が時々出てきますし、1日数ページずつちまちまと読書中のこの本にも次々と出てくるのですよ。おおー。1年前よりも、英語力全般としてはそんなに進歩したとは思えないものの、英語の本やニュースを読むことについては、またちょっと楽になった=語彙がついたなーと思ったりしています。

だけどやっぱり、相変わらずpassive vocabulary が増えても active vocabularyが少ないわけでして。しかもウーゴをやっていても、初めて知る単語・熟語・用法が時々あるので、難しい単語の前に基本を固めるべし、と自分に言い聞かせています。

例えばunit60~70では以下の単語・熟語・用法を今回初めて覚えました。800点台といってもそんなもんです。

unit60
remainder 残額

unit64
congested/congestion 混雑(した)
tow 引っ張る、牽引する

unit66
turn around 好転する、好転させる
ailing company 経営難の会社
stand in for ~の代わりを務める

unit69
~are reminded ~に以下のことをお知らせします

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2008年11月27日 (木)

好きを仕事にするって何だろう

「仕事」や「職場」にしようと思える好きと、そうでない好きについて。

そのジャンル全体のファンであるならば、評論やら出版、雑誌編集などで好きを仕事にしていくのが分かりやすいし、目指しやすいと思います。

しかし、特定の作品だけに萌えがあるとか、特定のキャラ萌えが幸せなだけの場合は、それは恋みたいなもんで好きの垂れ流しであって、仕事にはできない気がします。できないっていうか、しない方が幸せっていうか。
例えば、まんが。私は絵も上手くないし小説も書けないので同人は作ってませんが(笑)、例え絵が上手かったとしても、それを同人だけでなく仕事にするかといったら(仕事にしたら幸せかといったら)、オリジナル含めて創作や絵を描くこと自体が大好きだったらいいだろうけど、特定の作品や特定のキャラが好きなだけで、その萌えを昇華したいだけの場合は、同人の方がずっとずっと幸せで自由で楽しいでしょ。商業誌になったら、自分の自由に描けるわけじゃないし、好きなキャラばっかり描けるわけじゃないし、制約が多すぎる。だからプロになっても同人活動も継続してる作家さんもたくさんいるし。絵や話がすごく上手かったら、商業誌アンソロジーくらいは時々描いて、多少の原稿料をもらったりっていう、そのくらいの意味では「仕事にできる」かもしれないけど、それはあくまでアルバイトみたいなものであって、それで食っていこうというレベルではない。その作品が好きでやってることであって、まんがを生活費を稼ぐ本業にするなら、やっぱ特定のキャラ萌えだけじゃだめ。好きなキャラを好きなように描いて楽しむ、それはやっぱビジネスにはできないし、ビジネスにしたら楽しくない。

私はどうも、そういうビジネスにしたら楽しくない「好き」ばっかりで、ビジネスにできる好きってよく分からないのです。オタクカルチャーの評論とか、そういう分野もありますけど、そうなるとやっぱ、主観的な自分の好きなキャラ萌え感想文じゃない、客観論とか全体論とかを語ることになるわけで、それは別に私にとっては楽しいとは思えない(笑)まんが・アニメ大好きですが、仕事にしたいとは思えないのです。精神は時々本気で2次元世界に入り込んでますが、ビジネスとの接点は見出せません。恋愛に夢中になってるのと同じで、それはビジネスの種じゃあない。

あー、そうだ、たとえば好きが高じてアニメーターになったら、それはまさにストレートに「好きを仕事に」の体現となりますが、しかしアニメーターなんて収入的にはワーキングプアど真ん中、本当に身を削って自己搾取の世界へようこそ!・・・好きなら幸せかもしれないけど、うーーーーーーん、幸せ・・・?もし絵が上手くても、会社員やりながら、同人誌作って萌えを発散してるくらいが幸せなんじゃないかと思ってしいます。

だけど、会社員やりながら、同人誌作って・・・と言っても、今や境遇によっては安定した会社員になること自体も難しい時代。オタクに多い(私もそうだが)”コミュニケーション力不足”な人間は、大卒でもフリーターにしかなれなかったりする。←就活のバカヤローはなんたって帯がイカしている。いかにも気弱で口ベタなのに「コミュニケーション能力ばつぐんです」と答えざるを得ない昨今の風潮を鋭く突いている(笑)
まして高卒ともなると、正社員になるとしたら小売や旅館などのサービス業か、工場で地道な作業に従事するくらいしか道はなく、公務員試験の高卒級以外で事務系で正社員になるのは今はもう高卒じゃほとんど無理なのではなかろうか。人と接するのが好きな人はサービス業でいいだろうけど、コミュニケーション力不足なオタクはサービス業は向いてません(^^;工場労働は単調で辛いしねえ・・・。

昨日の記事でも書いたけど、いまどき、趣味をやるために「安定して(正規雇用で)、だけど残業は多すぎず、趣味に使える時間がちゃんと確保できる」仕事に就く、ということ自体が厳しい。一生懸命に就職活動して正社員になったはいいが、長時間労働の社畜と化し自分の時間が全く取れない…とか十分にあり得ます。仕事第一で外資系でバリバリ稼ぐぞ!とかいうヤル気まんまんの人なら、最初の数年は馬車馬のように働き、その後にワークライフバランスを考えるという人生設計もあるでしょうが、それは趣味第一の人間向きではない。基本はお金より自由にできる時間、だけどお金も最低限必要です。私は、たまたま”お勉強”ができて、たまたま大学に行かせてもらえるだけの余力のある家庭に生まれることができたので、それを種に中小企業で事務系の正社員になることができましたが、勉強がダメで高卒のアニメオタクだったらと思うと・・・恐ろしいです。

上記「たまたま”お勉強”ができて」のフレーズは、こちらのブログで拝見し、これだ!と思ったので勝手に借用させていただきました。『たまたま”お勉強”ができて、たまたま”高い学歴”も得られたから』このフレーズを読んで、私も、たまたま勉強ができてたまたま大学に行けるお金があっただけだよなあと思ったのです。
いま30代以上の腐女子ってなんだかんだ言って、とりあえずワーキングプアじゃない程度の生活は確保できてて、その上で趣味に走ってる恵まれた層だよなあと(自分を含めて)思っています。これが今10代後半あたりだと、まずどうやって安心して趣味に突っ走るだけの生活の安定を得るか?という課題が重そうです。

そういう世の中の流れが、もはや古めかしい労働運動では解決しようのない時代の趨勢であることは、最近読んだあれこれの本で分かってきたのですが(まだ記事にしてませんが、「暴走する資本主義」は本当に奥深かった!)、どうしたらいいのかはまだよく分かってません。

好きをビジネスにするって何だろう?

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2008年11月26日 (水)

内藤忍の「好き」を極める仕事術

内藤忍の「好き」を極める仕事術 (講談社BIZ)
  内藤忍
                       
例のごとくで書評というより、単なる雑感というか本を読んでの自分話になりそうですが(^^;

「好き」を極める仕事術、ということですが、この「好き」って言葉は何気に曲者だよなあと思います。嫌な作業を毎日イヤイヤやり続ける人生なんてもっての他と思いますが、一方で、「好きなことを仕事にできる人なんてめったにいないよ!地道に働くしかないよ!」みたいな言われ方もよく聞く気がします。この場合の好きなことって具体的にはスポーツや芸能関係、横文字のオシャレな(イメージは良いけど実需要の少ない)職業を指すことが多いと思います。この本で言ってる「好き」を仕事にする、というのは、それらよりはもうちょっと間口の広い話で、「好きなことをテーマにビジネスモデルを構築するホワイトカラー」ってところでしょうか。本の中では料理が好きな場合の例も挙げておられますが、料理が好きだからって修行を積んで一流コックを目指すとなると芸能職に近いですよね、この本で言ってるのは、自分自身が超一流のコックを目指すという道よりは、料理店をプロデュースする、という方向性でしょうか。

さて、「差別化」×「効率化」×「継続化」の掛け算による相乗効果を、長期で(ここポイント)目指す、ということですが。

まず、「差別化」。好きなことに特化する。流行ではなく、自分の好きなことを極める。その好きなことは、今の時流に乗っている競争率の激しいことよりは、マイナーなことの方が夢もあり、将来も有望だったりする。
この「好き」という言葉。私の場合、「好き」といっても、漫画やアニメが好きでそのキャラクターが好きで、○○萌え~とかやってるだけの「好き」しか持っていない場合はどうしたらいいんだ?というのが長年の疑問だったりします。10代の頃は特に疑問に感じていました。そりゃもうハマってる時は寝食を忘れるほどに大・大・大好きだけど…それ仕事にはならないし、というか仕事になんかしたくないし、好きなことを仕事にするって一体どういう意味なんだ?と。でも、一応過去形で。今はどういうことかは何となく分かっています。「好き」といっても、萌えの好きというのは、要するに恋愛みたいなものですから(笑)それ以外の何者でもない。それはそれで人生に潤いをもたらす大事な要素ですが、それはビジネスになる「好き」ではないですね。まあ女の場合、一昔前までは、その恋愛の好きが結婚という名の永久就職となり、現実に収入源になっておったわけですが。今時は好きな人に尽くすだけで「食える」人はそうそういませんからねー。
ちなみにこの”萌えな好き”で立ち止まると、引きこもりオタクニートの一丁出来上がり、です(笑)それは消費するだけで全く収入源にはならない(笑)

10代の頃の私は、この萌えの好きしか知らなかったので、好きを仕事にするってどういう意味!?ありえなーーい、と思っていました。今はちょっと分かってきましたから、例えば、本書で内藤さんが取り上げている「電車の中で無意識に見ている広告は何?」「普段よく口にしている話題は?」というところから自分の関心のありかを探っていく方法。この方式でいくと、私の好きは、「①教育問題、塾や大学進学について、②格差問題、男女間の賃金格差について、東京と地方との格差、地方の過疎化と衰退、③人間に宗教は必要か、なぜ占いや風水が流行るのか」あたりにあります。なので、この辺を突き詰めていくのが良いのだと思いますが、今のところは何をどうしていいか全く掴めていません。

で、好きなことが見つかって、次にぶつかる壁は『もちろん、趣味をビジネスにするには、ただ好きなだけではダメですが』(P37)。この壁については本書ではさらっと流してますが、私なんかは、漠然とした好きをビジネスにする方法論なんていまのところ1ミリも心当たりません(^^; ここのところは、それこそ短期でどうこうしようとせず、長期で日々の積み重ねの中から見出していくしかないのかなーと思いますが。
ただ、それ以前の問題として、最近の自分はとっ散らかってて無駄に分散してしまっている(時間や労力が)ように思うので、ここらで自分の好きについて一度きちんと自分に向かい合い、どこに自分の資源を集中させるか考え直した方が良いなあとも思ってます。うん、考えよう。

ところで、好きを仕事にするということに関して、そうそう、そうなんだよ!と最近思った一節。この”就活”本の、『好きなだけでは決め手にならないのだ。知りたいのは、「好きな理由の本質」と、それをなぜわざわざ「仕事」や「職場」にしようと思っているのか、ということである』(P64)。いやだから、世の中の一定数(大多数とは言いませんが、それなりの割合の人々)は、そもそも「仕事」や「職場」にしたいような好きなことなんて持ってないんではないかと思うわけなのですが・・・。そりゃ優秀でヤル気に満ち溢れている人は持っているでしょう、でも「仕事」や「職場」にしたい(出来る)好きなことを、全員が持ってるわけないじゃん(泣)そこが就活の欺瞞だと思いますけどねー。私は卒業時に萌えの好きしか持っておらず、これを持っていなかったので、就職活動をしませんでした(爆)しかし今や卒業時にこれを持っていないと、フリーター・ニートへまっしぐら、ウエルカム転落人生!ああ厳しき世の中よ。

次、「効率化」。適切なアウトプットとフィードバックで自分を磨く。
趣味のブログにおいて、マニアック情報を提供することによって『私が持っている情報をあげるので、あなたも私にこういう情報をさい』『人の役に立つ、自分しかない価値を提供する』ことは、まあ割とカンタンです。…いや、実はカンタンでもないらしいです、そんな深く追求している何事かが無いという人も世の中たくさんいるということも分かってきました。私は趣味(萌えの好き)に関してならば、相当に深いものを作って提供していたこともあり(趣味のサイトを2000年に開設してました)、それは自分にとっては好きでやってるだけだよー何も難しいことはないよーと思ってましたが、「何かにとことんハマる」という経験をしたことが無い、趣味だろうがビジネスだろうが提供できるほどに追求した物事が無いという人もたくさんいるらしいです。ハイ。)ウィキペデイアも、オタク項目は質が高いといいますし(笑)しかし、それはマニア同士にとってはとても価値は高いが、ビジネスにはならんのよね~。なんたって、萌えの好きは、客観的な価値があるような無いような世界だから。そりゃそうよ、恋愛なんだから。

ということで、萌えの好き以外で、『人の役に立つ、自分しかない価値を提供する』なんて一体どうしたらいいのか、やっぱり今のところピンとこない私なのであります(^^;

ただ、究極的には多分コレが問題→『リスクを取らないと決めているということは、実は現状のなかにぬくぬくしているのが好きなのでしょう』(P59)ハイ!大好きです(爆)投資における「リスクをとらないリスク」は理解しているつもりでしたが、こと人生となると、私はまさに「リスクをとらないリスク」にどっぷりと陥っております、マズイです(苦笑)

最後、「継続化」。自分が決めた道を歩み続けるには、自分の人生の目標を定めること。(そして、毎日少しずつやってそれを記録する。)
これ今の本音としては、私がやりたいことは、まったりと「萌えの好き」に生きること。そのためにはある程度の生活費と遊ぶ資金が必要なので、働いている。英語や読書についても、今のところはそれこそ『「勉強好き」なのか、』(P124)と言われたら、そのとーり!(このブログのタイトルの通り)なのです(^^;英語を勉強しているのは、英語の原書を自由に読めるようになりたいからですが、じゃあ何で原書を読みたいのか?と言ったら、それは結局趣味の読書でしかないので・・・。

なのですが。
『社会が求めているのは、自分がどんな価値を提供できる人間なのかを、ちゃんと語れて示せる人です』(P125)今後は、これが出来ないと、趣味のための資金どころか最低限の生活費さえ危うい厳しい世の中になりそうです。だからビジネス書も読んでいる、現状はそんなところです、私の場合。なんとも低次元ですいません(^^;まあ、既に好きを仕事にすることを実現している人だったら、本書によって啓発される必要性自体がないのですし、自分の現在地の自覚こそが第一歩、ということにしておいて下さい(笑)

追記:勝間さんの本でも、ミッションに沿った生き方をするとか得意を極めることとか、やっぱり同じことが述べられています。成功している人に共通の部分っていうのが見えてきます。

 

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2008年11月25日 (火)

チェーザレ 6―破壊の創造者 (6)

チェーザレ 6―破壊の創造者 (6) (KCデラックス)
惣領 冬実

この記事で紹介したチェーザレの6巻が出てました。

アンジェロとチェーザレの関係も腐女子ポイント高いですが、個人的にはシレンツィオがめっさ好み!!こういう知的な美形は好きです。・・・そうか、どっかで見たタイプと思ったら、頭脳派タレ目黒髪ストレート長髪、パプワの高松先生ではないか!(笑)←自分で超納得

それにしてもルクレツィアたんったら、パパのお膝の上に乗っちゃって、小悪魔全開。11歳にして立派な悪女です(笑)「教皇様がお亡くなりになれば兄上が・・・」とか、怖いわ、本気だわこの子(笑)

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2008年11月22日 (土)

学力低下は錯覚である

学力低下は錯覚である
  神永 正博
                   
【大学生の学力低下はまぎれもない事実であるが、とある年の18歳人口全体の学力は、20年前も10年前も今もだいたい同じくらいである】という話。

『集団全体の質に変化がなくても、多くの人を大学生にしてしまえば、自然に「大学生集団」の学力水準は下がったようにみえる』言われてみりゃ、そりゃそーである。説明されてみるとそんなに奇抜な結論でも奇抜な発想でもなく、ごくごく常識的なことしか書いていないのに、こういう風にきちんとまとめられている本は今まで無かった(本当に無いかどうかは分かりません、ただ私は寡聞にしてその存在を知りません)というのが何とも不思議な心地です。

著者自身が大学で教えている実感として、現実問題、大学生の学力は低下している。どの大学においても、教員の実感として、学生の学力は昔より低下している。であるが、その学年の若者全体の学力は昔より多少は低下している「かも」しれないが、そんなに騒ぐほどには低下していない。(ただし、受験勉強に励む層と、全く勉強をしない層の二極分化は実際起こっているそうだ。)大学生の学力低下は、18歳人口が15年前の3分の2になっているのに、大学の定員が変わらない(というか実態は増えている!)からで、昔ならどこにも入れなかった人でも3流私大のどっかには入れるから。この、下の層が「とりあえず大学に入れるようになった」というのは、そうだろうなーとは思ってたのですが、私が目から鱗だったのは、トップクラス、例えば東大早慶にしても、昔なら超難関はあきらめて、ちょっと下のMARCHに落ち着いた層も、定員の問題としてトップ校に入れてしまう。上位校であっても昔よりもちょっと下の層が混じってくる。その後は玉突き的に上に押し寄せていった結果、下にいけばいくほど深刻な「学力低下」に襲われる・・・ということ。この辺については本書内において分かりやすく図解されているので、興味を持った方は是非amazonへどうぞ(笑)(ちなみに私はアフィリエイトはやってません)

こういうのは数字で示されると説得力があり、著者の推定値によると、『1992年に偏差値50だった人は、2007年でみると、偏差値55くらいになる』。レベルが上の方でもこの15年の偏差値差はあるけれどもその差は小さいのに対して、50以下となると、恐ろしいことに計算上は『2007年に偏差値偏差値48程度の人は、1992年なら偏差値35にしかならない』『2007年に偏差値45程度だとすると、1992年の偏差値には換算出来ない(偏差値46ちょっとのところでマイナス無限大となる)』のわー、すげー。

『受験生が多かった時代に大学を受験した方は、今ならはるかに高いレベルの大学に合格できるに違いないことを示している』なーんて、団塊ジュニアの我々の苦労は一体。

他に、まことしやかに言われている理系離れについても、女子学生が増えたからそう見えるが、男だけ見たら20年前も今も同じくらいの率が理系に進んでいるし、理系のうちでも工学系の志望者が減ってるだけなので、理系全体の危機みたいに言われているのはちょっと違うのでは?ということです。

そして最後に、日本の教育の今後についての著者の私見。
少人数教育がいいとか悪いとかでなく、どうやって「自分のために、勉強する気」を起こさせるか?が大事だと述べています。『現在の日本の教育システムでは、競争が緩和した上に、絶対守るべき学力水準も不明瞭になっている。これでは、勉強に特別の興味があるわけではない普通の子供たちにやる気を出させるのは難しいのではないだろうか』というのが著者のまとめですが、私もそう思います。

日本の「絶対評価」っておかしいよ。その学年で学ぶべき内容がどのくらい理解できているかに関わらず、やる気さえ見せれば良い評点がもらえる、そんなエセ絶対評価に何の意味があるんだ?まあ小学校はそれでも良いかもしんない。でも中学校以上になったら、例えば中学2年生の英語だったら、「不定詞を理解していること」「比較級を理解していること」などなどその年に学ぶ事項の理解・定着度を絶対評価のモノサシとして使うべきじゃないのかしら?絶対評価だから、仮にクラスの皆が理解できたのならば、皆が(5段階の)5でもいい、そこんところは昔みたいに「5はクラスの何%以内」とかいう必要は無いし。でも、必須事項を理解できていなくても「ノートをきちんと提出した」とか「授業で積極的に発言した」とか「去年に比べて意欲を見せた」とかで良い評価になれるのは何か違うだろう。理解しなくても先生受けさえよければよい、見かけの意欲さえ見せればよい、では社会で通用しないじゃん。社会に出たら、ただ「努力しましたというアピール」をしただけでは何の役にも立たないという、この矛盾。
各教科ごとに「●●ができる」「○○を理解している」という到達レベルを設定して、それをクリアしないと大学進学できない、みたいなシステムが理想なんじゃないかなあと思います。(フィンランドはこの方式らしいです)日本でこれを導入するのは一筋縄ではいかないと思いますが(^^;
受験生内の相対評価でなく、「●●ができる」という絶対到達レベルを目指すべき、ということに関しては日向先生が度々記事にしておられます。(例えばこの記事など)とっても正論だと思います。・・・自分が英語で何ができるか?と問われると、自爆するしかない寒い現状なのですが(爆)読むのだけはなんとかかんとか、書く話すはダメダメです、記事内のレベルで言えば、私は何とかB1レベルかな・・・。

 

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2008年11月20日 (木)

ロングテール—「売れない商品」を宝の山に変える新戦略

ロングテール—「売れない商品」を宝の山に変える新戦略
クリス アンダーソン

なんとなく知っていただけだった「ロングテール」という言葉について、その詳細を知ることができた。

20世紀は、限られた品種の大量生産・大量消費の大衆社会。多数派に受け入れられる無難なヒット作を一方的に押し付けられるだけの社会。多様な嗜好には対応してくれなかった社会。物理的な制約により、小売店の棚も、電波も、映画館も有限だったから仕方が無かった。「地理的にパラパラと分散した観客は、いないも同じになってしまうのである」。

しかし21世紀は違う。少量多品種の多様化社会。コンピュータとインターネットにより、マニアックな趣向なものを、地理的に分散して存在するユーザーに届けられる時代。2割の売れ筋商品が売り上げの8割を占め・・・というパレートの法則は、ロングテール商売には全く当てはまらない。テールにある膨大な数の商品数×各商品が売れる数は、テールが膨大であるがゆえに、とても大きな数になるのである。音楽で言えば、amazonでCDを売ることでも従来型店舗よりははるかに在庫・陳列コストは低いが、更に配信ダウンロードともなれば、限りなくゼロに近くなる。

ロングテールを推し進めるものは、生産手段の民主化(アマチュア含めて誰でも手軽に発信できる)、流通手段の民主化(amazonみたいな集積者)、需要と供給のマッチング(グーグル検索や、読者レビューなど)。

とにかく本書を読めば、従来型の店舗商売がいかに物理的制約に縛られて画一的な商品を画一的な提供方法(陳列方法)でしか提供していないか、一方でネットを活用したロングテール商売はいかに多様な嗜好に対応する多品種の商品を、様々なラベリングや”おすすめ”によって柔軟に提案しているか、についてこれでもかと具体例で示してくれる。


買う側としてはマニアック商品を手軽に入手できて嬉しい社会だけど、「クラウド化する世界」でも述べられている通り、問題は、相当に売れっ子のクリエーターか、集積者しか儲からないってこと。他に本業があって自己実現として創作してる分には、それを見てもらえて幸せで良いけど、メシの種としていくには、厳しい社会だよなあ。例えばミュージシャン、20世紀型メガヒットの時代じゃない(CDは売れなくなっている)し、逆にインディーズレーベルでマニアックに自己実現している人達もたくさんいる時代だけど、テール部分の【少ない購入数×多様な商品】で個々のアーティストが生計を立てられる収入を継続して得ていくには、ネット戦略を上手くやんないと先細っていってしまうのでは・・・。アニメも、作るのにそれなりに人海戦術が必要な商品だから、どうなっちゃうのかしらーと思います。

まあでも、今の高齢者層はブログで情報収集しネット配信で音楽や映画を楽しむ…という、本書で示されている「21世紀型」社会とは隔絶されている人が多いし、だけど人口の多い最大勢力なわけだから、この先10年20年はまだまだ従来型の大量生産コンテンツ産業も滅びはしないでしょうね(笑)
私の実感として(あくまで自分の周囲における感触)、
60代以上:パソコンを自由自在に使える人はごく一部
50代:仕事で必須だから一応パソコンは使えるけど、ネットはよく分かってない人多数
30~40代:使わない人は使わないけど、使う人はフル活用!
10~20代:ネットは常識、ただしケータイ派とパソコン派がいる

それにしても、ここのところ何冊か翻訳書を読んでみて、確かにこういう最先端事象(マニアックな最先端ではなく、ある程度の社会的規模で展開されている最先端事象)については英語で素早く出版されており、英語ができれば翻訳を待たずにこれらの本を原書でいち早く読める、というのは本当にそうだと実感しています。まあ情報を早くに得たからって、私みたいな者はそれを何に活用するわけでも起業するわけでもないんで、まさしく豚に真珠ですがー。

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2008年11月19日 (水)

しばらく放置プレイでした(^^;

ちょっと私用であれこれバタバタしていて、すっかり放置してしまっていました(^^;この期間、読書もあんまりしていなくて、本読みたーい(うずうず)な感じです。

母が突然、どこか海外旅行(といっても候補は近場限定なのですが)に行こうと言い出し、そんなこと全く考えてもいなかったので、あれこれ調べたりしてたらあっという間に時間が過ぎ去って・・・パスポートも期限切れてたから取り直さないといけないし。まずいなーTOEICの勉強も滞ってます(爆)ウーゴは毎日やってるけど、模試が全然できてない!ヤバイ。

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ITにお金を使うのは、もうおやめなさい

ITにお金を使うのは、もうおやめなさい
ニコラス・G・カー

原題は"DOES IT MATTER?"。うまい!と思いました。
日本語タイトルはセンセーショナルだけど、ちょっと煽りすぎというか、本文の内容とはちょっとズレてしまっている。ITに「全く」お金をかけるな、と言っているわけではなく、自前の専用システムに巨大な費用をかける時代じゃないよ、安価な市販ソフトで間に合うよ、という今や常識的なことを言っているだけ。(2005年の本なので少々古い?)しかし、具体例が豊富でとても分かりやすく説得力がある。電力も、20世紀初頭は、工場が自前で発電機を持ってたとか…今や考えられませんね(笑)

「クラウド化」は、ビジネスに限らず広く個人も含めてコンピュータ情報化社会が我々の精神世界をどう左右するのか?みたいな哲学的な次元まで飛躍してる本ですが、こちらはあくまでビジネスシーンにおけるITの重要度ってどうよ?と問いかける書です。そういう意味では、クラウド化の後にこっちを読むと、求めるものによっては、肩透かしかもしれません。

ビジネスにおけるITについて、要するに、もはや電気や運送と同じように幅広く普及したインフラになったのだから、最先端の高価な機器を揃えて自前の独自システムを組み込む時代じゃないよーという話。とはいえ、ITに設備投資しないと出遅れるんじゃ・・・と思い勝ちですが、そこのところ、「企業のIT関連支出に関する多くの研究はどれも、多額の支出をしてもめったに業績に反映されないことを示している」んだそうです。
「古くからの大手企業が極めて複雑な専有情報システムを持っている。新しいシステムにすばやく切り替えるのは、不可能でなくても、非常に難しい」確かにそうだよなあ。

この本を読んでしみじみ思い出だしたのが、ウチの会社の業務用ソフトウェア導入(に失敗して結果的に良かった)話。8年前くらいに、某大手H社のソフト子会社の売り込みを間に受けた経営本部が、お仕着せの生産管理システムを導入しようとしてどーんと初期費用を投資したにも関わらず、膨大な各種マスターの作成・入力が滞り、そのまま立ち消え。しかし契約はしてしまっていたので、使っていないソフトに無駄に保守契約金を払い続けた数年間(爆)、というしょーもない出来事がありましたが、今思うと、あんな汎用性の無いシステムに業務を牛耳られないで良かったな~、と思います。当時使っていたのがMS-DOS時代に社内で自作したシステムで、それはそれで化石の瀕死システムだったのですが(2000年にもなってPC-98でないと動かないシステムを使ってたってどうよ)、だから最新システムを入れよう!時代はITだ!!みたいな状態だったわけですが、結局はなし崩し的に導入が遅れて行って、いつしかフェードアウト…。無駄な数年間ではありましたが、その後、社内のソフト技術者が、Microsoft office(accessとexcel)で動く社内お手製ソフトを作ってくれて今はそれで仕事をしており、正直、社内お手製なので融通が利いて便利だし、なんせaccessとexcelで動くから、特別な機器も専用ソフト導入費も不要、クライアントを増やしたり入れ替えたりもカンタン。専用システムなんて社内でメンテナンスできないシロモノを導入してたら面倒だったろうなーとつくづく思います。ITゼネコンに身を任せなくて正解(笑)
まあ、ウチみたいにどんくさくない、元気のいい中小メーカーは、2000年頃にITゼネコンに乗せられてても、今頃はとっとと汎用性のあるシステムに乗り換えてるんだと思いますが。重厚長大な不便なシステムに縛られてるトコは大変だと思います。取引先でも、未だに10年前と同じシステムらしいところが多々あるので、そういう所は不便なんだろうな~
あ、ちょっと話それますが、未だにドットプリンターで伝票打ってるところが多いのも凄いなーと思っています。ウチは3年前にドットプリンター印刷はやめましたが、3年前当時でもドットプリンター用のインクリボンはいつまで生産されるんだろうか・・・と遠い目をして思いを馳せていたのに、2008年現在でもまだまだ使ってるところ結構あるので、他人事ながら「そろそろドットプリンターは寿命なのでは~(^^;」と心配になります。自分の実感として、パソコン自体は意外と、そんな複雑なことはしないなら(文字情報の処理だけなら)多少古いシステムでも使えるけれど、プリンターは致命的ですよ!インクリボンはすぐなくなるし、紙がズレたりひっかかったりするし、とにかく遅いし!!accessとexcelで動くお手製ソフトになった時、一番感動したのは、パソコン上の処理より何より、コピー機プリンターで高速印刷できるようになったことでした(笑)(やってる仕事が、ソコン上だけで済む業務でないので、どうしてもプリンターであれこれ印刷する必要があるのです)

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2008年11月 7日 (金)

クラウド化する世界

クラウド化する世界
ニコラス・G・カー


実にエキサイティングな書だった。
前著「ITにお金を使うのは、もうおやめなさい」を先に読んで、そっちも相当良かったが、こっちは更にすごかった。

さて、全体の要旨はamazonのレビューや優れた書評ブログさんに譲るとして(^^;、例によって個人的に印象に残った点をいくつかピックアップ。(クラウドって具体的には何のこと?ということについてはこの記事などが詳しい)

・富の集中
知的生産(ブログ、動画投稿サイト、音楽配信などのコンテンツ)は幅広い個人がプロアマチュアを問わず行い、でもその金銭的果実は、そのコンテンツを表現する場を提供している一握りの人間にのみ落ちるシステム。『ユーチューブ経済では、誰もがタダで遊べるが、利益を得るのはごく少数だけなのだ』というのが実に的確な一文。そういうシステムが高じて、アメリカでは
『最も豊かな世帯10%が所得全体に占める割合は(中略)2000年には43%になった』
『2004年までに、最上位1%が所得全体の16%を占めるようになった』
『最も裕福な0.1%の世帯が所得全体に占める割合は(中略)2004年には7%にまで上昇した』

日本でも世帯所得に関する統計によると、1995年の中央値は550万円だったのが、10年後の2005年になると中央値458万円に下がってる。所得金額階級別世帯数の分布でも、1995年は「300~400万円未満」が11.4%で最も多く、次いで、「400~500万円未満」が10.2%だったのが、2005年になると「100~200万円未満」が 12.9%、「300~400万円未満」が12.7%と低所得層が多くなっている。

こういう流れは、グローバリズムとコンピュータ化によって不可逆のものとはいえ、これからどうなっちゃうんでしょうな。


・新聞のネット化に伴う危機
オンライン広告に頼る経営をするようになるとどうなるか。単に多くの読者に読まれる記事ではなく、広告のクリック数が多い記事が「経済的に成功した記事」となる。となると、身近な生活必需品や健康グッズの広告を出せる記事のほうがもうかることになる。『政治や国際情勢、戦争などの重大で複雑なテーマに関する記事は、魅力的な広告収入源とはなり難い』。これはジャーナリズム的に大問題だろう。


・ネット上の足跡で素性がバレる危険
いくつかのネットショップで買い物をしたり、レビューを書いたり、ブログ(匿名)で記事を書いたり、そういうオンライン上の足跡によって、かなりの精度で個人を特定できてしまうそうだ、実際。研究者によると『郵便番号と誕生日と性別、すなわち人々がウェブサイトにユーザー名を登録するときに、ごく普通に開示する3つの情報を知るだけで、大多数の米国人の氏名と住所を特定することができる』そうな。おそろしかーー。
先日、麻生の家に行こうと歩いただけで逮捕!!!!なんつー、どう考えても警察権力の暴走としか思えない事件が起きているが、これとっても怖いものを感じる。貧乏人の権利主張をしただけで逮捕されるとか、そんなのがどんどん進行していったら、「思想的に問題のある書籍」をamazonで買った人間は警察にウォッチされる日が来そうで本当にコワイぞ!!それが技術的に可能なのが恐ろしいぞ!!せっかくネットという匿名手段によって、エロ本でも過激な本でも店員の目を気にせず購入できる時代になったというのに(笑)、ネット技術の発展により、逆にそれが中央集権的に監視可能になってしまうのであるよ、SF小説じゃなくて現実に。
(麻生ツアーでの不当逮捕に関しては雨宮処凛さんのブログにもその後の経過などが載っている。)


ともあれ、光ケーブルが普及してネット速度が十分に速くなったら、もうソフトウェアも自分のハードディスクにインストールすることなく、オンライン上で動くアプリケーションとして利用できる世界になる。そして世界中のコンピュータは一つのものとなる=『すべてのコンピュータは接続されて共有されている、一つの機械なのだ』というのが本書の要点。そしてそうなったら、グーグルのようなシステムが何もかもを提供し、人々を支配する。グーグルの創業者は、グーグルを人工知能のようにするのが夢だそうで、人に命令されなくても人のニーズを勝手に汲んで情報を提供するようなコンピュータシステムが理想って…それって幸せかあ?そうなったら、国家権力が理想とする人間像を押し付けられる世界になりそうで、あんまり幸せじゃない気がする。

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2008年11月 6日 (木)

オバマのスピーチ

BBC のサイト
Full text: Obama's victory

アップされていたのを2回聞いてみましたが…
いやーー時々分かる、大部分わからなーい(爆)うーんと全体の2割くらい?は、すっと意味ごと入ってくる。4割くらいは単語レベルでは聴けてる気がするのに、文としての意味が分からない。4割は何言ってるか分からない。そんな感じでした(^^;
やはりまだまだ、生の英語には全く太刀打ちできないようです・・・。とりあえず諦めてスクリプトを読んで、それからもう1回聞いてみようと思います。

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2008年11月 2日 (日)

死刑(森達也)

死刑 人は人を殺せる。でも人は、人を救いたいとも思う
森達也

森さんの文章は独特のまったり感があって、説得力があるんだかないんだか煙に巻かれる。死刑反対を声高に主張する書ではない。とりあえず問題提起というところ。しかし、確かに死刑の刑執行の実態は全然分からないし、知らないままに厳罰化に賛成してる人が多いのは事実だよなと思う。死刑執行の実務手順とか、刑場の間取り図とか、そういえばそういうほんとに具体的でリアルな部分はほとんど知られていないし、そういうことを取材して本にしているというだけでも、この本の価値はあろう。

私は、山崎元さんのブログの「死刑廃止論」に訪れた幻のチャンスという記事を読んで死刑問題に関心が出て、それでこの本を読みました(5月の話)。

で、5月に読んだ本を何故今頃取り上げたか。思い出したきっかけは、先週になりますが、BBCのニュースサイトにJapan hangs two more on death rowという記事が載っていたこと。(あ、全く余談ですが、私はこのニュース記事で初めて麻生氏がキリスト教者だったと知りました(笑)【It also noted that Mr Taro Aso is a member of Japan's small Roman Catholic community.The Roman Catholic Church opposes capital punishment.】だそうだ。)

BBCのアジアニュースで日本が取り上げられる場合の話題は大きく分けて、
(1)北朝鮮問題などの外交問題、首相交代や失言による閣僚辞任などの政治ニュース
(2)株式相場や、トヨタやソニーなどトップ企業の動きを伝える経済ニュース
(3)台風や地震などの災害情報
そして特徴的なのが
(4)捕鯨と、死刑執行

私がBBCニュースを読み始めたのは2年くらい前ですが、それから今までの印象だと、捕鯨と死刑の実行があった場合は必ずといっていいほど取り上げられているようなのです。日本国内での取り上げ方(ニュースとしての大きさ)と比べると、やはりヨーロッパ的にはこの問題にかなり関心があるということです。

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2008年11月 1日 (土)

イヤホンの悩み

最近通勤時間はもっぱらウーゴの音声レッスンを聞いてブツブツやっておりますが、英語学習において以前から悩みどころなのが、イヤホンの選択。家での学習と違って、外を歩いている時や電車の中で英語教材を聞く場合、道路では車の音がうるさいし、電車はもっとうるさいし…。ハリポタのオーディオブックを聞いていたときは、途中で聴こえない(英語だから聞き取れないのではなく、音声が騒音でかき消されて日本語であっても聞こえない状態)ことが多々あってそれがストレスでした(^^;

これに一番有効な対策はもちろん、ノイズキャンセリング機能つきのイヤホンを使用することですね。(勝間さんもオススメ)

しかーし!
ノイズキャンセリング機能イヤホンは、耳の中に入れる形状であります。これが難点。何故か。イヤホンを習慣的に入れていると、耳がかゆくなる(^^;で、かゆいので、耳垢がたまっていなくてもお風呂あがりに綿棒で掃除するのが気持ちよくてついつい習慣に。まあしょうがないよな~と思っていたのですが、9月上旬、長年のその習慣の蓄積か、外耳炎になってしまったのです(爆)

いやーーー外耳炎、侮るなかれ。すんげ痛かったです!それはもう、痛くて夜眠れないくらい。すごく痛かったのは3~4日間で、1週間くらいで治りましたが、激痛の数日間は1日中鎮痛剤が手放せなくて。でも市販の鎮痛剤って「1日2回まで、服用間隔は6時間以上あけること」となっているし処方薬でも1日3回まで…6時間×3回でも18時間、あとの6時間は痛いのを我慢するしかない状態。とりあえず寝入る時には鎮痛効果がある状態でないと眠れなかったので、寝るときは必須。といって、寝てすぐ効果が切れるようだと、痛くて夜中に目が覚めるし(爆)だけど鎮痛剤というものは空腹時に飲んだら胃を荒らすし、かといって寝る直前に食事する(食事してすぐ寝る)のも体に悪いしで、どうしたもんかと悶々とした数日間を過ごしました(^^;ちょうど週末だったので耳鼻科にすぐ行けなかったのがまた最悪な日取りで。あの土日は悲惨だった・・・(遠い目)

そういうわけで、外耳炎以降はもっぱら、小型のヘッドホンを耳にひっかけるタイプのものに切り替えて、耳の中につっこむタイプの使用は自重しているのです。でも、ノイズキャンセリング機能イヤホンのあのクリアな音が懐かしい~~~

参考:綿棒の使用と外耳炎

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