【題名】佐々井秀嶺師最終講演会「よみがえる仏教 インド仏教復興運動の今」
【日時】2009年6月7日(日)15:00~
【場所】護国寺 本堂
という講演に行ってきました。相変わらず「英語学習一筋」にはなれない人間です(^^;しかし、これを逃したら後は無い一期一会の機会。師の来日は、今回が40年ぶりにして最後、『あとは各自でインドまでどうぞ。』
佐々井秀嶺師は、インド仏教の指導者。(インドの仏教徒は現在1億をゆうに超えるそうだ。不勉強にて少し前まで知らなんだ。)比喩的な意味で「菩薩みたいな人」ならば広い世の中たくさんいるが、本物の菩薩が本当にいまこの時代、この地上にいたとは!
本に書いてあるような菩薩道の実践なんて、今の時代にあるとは思ってなかった。『(大乗仏教の推進者達は当時のインドで)社会的に相当の迫害を受けました。嘲笑や罵詈雑言を浴びせられるのはまだよいほうで、石を投げつけられたり、棒で追われたりしたこともありました。』(大乗仏教入門P57)
もちろん親鸞聖人や日蓮上人などの日本仏教の偉人達も、激しい迫害にさらされながらも己の信ずる道を突き進まれたのだが、そんな人が、今この時代にもいるのだ。それが佐々井秀嶺師。伝記「破天」を読んでいるのだが、まさに文字通り、”石を投げつけられても”なのだ。すごすぎる。
民衆の中に入って衆生救済に邁進する、真の菩薩道を実践されている方の迫力はまさに「説法獅子吼(せっぽうししく)」。衝撃受けた。自分がいかに、そういう覚悟のないままに、惰性で仏教を学んでいる人間かをつきつけられた。痛い。痛いんだけど、だからと言ってやっぱり飛び込む覚悟はないままだ。利他行に尻込みしてしまう自分をつきつけられる。自分がいかに、この恵まれた日本で、自分のことばかり考えて生きているか。その傲慢さをいつも自覚しながら生きることが第一歩か。
今の日本は、もちろんワーキングプアなどの問題はあるとはいえ、それも含めて「物質的に豊かになったあとの精神的停滞」の状態であり、インドの不可触民の人達の人権獲得への戦いとは違う次元の対応が必要だろう。葬式仏教なんて言われるけど、葬式からも仏教が消えてゆきつつある今、日本の伝統仏教教団は瀕死である。佐々井師は、人に生まれたなら宗教を持つべし、教育現場に仏教を取り入れるべしという内容のことをおっしゃられた。政教分離の問題と、宗派ごとに完全に分立している状態からして、そんな力は今の仏教界には到底ないのが現実だが・・・
それにしても、佐々井師のお弟子さん、高山龍智氏もものすごい話が上手かったな~。見事な前フリに感服。
開始15分前くらいに行ったので、立ち見になった。すごい動員数である。特定宗派の行事でもなければ、テレビ的な知名度がある人の講演でもなく、これだけの人間が仏教行事に集まるのは凄い力だ。一番びっくりしたのは、若者率の高さ。通常の仏教行事の多くは、どうにも高齢化社会である。40代以下がほとんどいない。7日の護国寺はまさに老若男女だった。
講演会の模様については、興味のある方はこちらをどうぞ
[ひじる日々]佐々井秀嶺師、護国寺講演まとめ
<参考>
君は佐々井秀嶺を知っているか :小飼弾さんの書評
男一代菩薩道―インド仏教の頂点に立つ日本人、佐々井秀嶺

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