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2009年6月19日 (金)

【寺よ、変われ】

寺よ、変われ
高橋 卓志

かの佐々井秀嶺師ほどのぶっとび人生ではないが(笑)、この人もなかなかに熱い僧侶である。
チェルノブイリやタイのエイズ患者支援に奔走し、「ケアタウン浅間温泉」や「ライフデザインセンター」をはじめとする各種NPO活動に関わり、自坊では斬新な法要やイベントを主催し老若男女を集め、葬儀は宗派の伝統にこだわらず故人の個性を尊重した形で行う(例:ジャイアンツの大ファンだった方の葬儀であれば式中に巨人軍応援歌を流す)・・・などなど。

その中で強調されているのは、まず『寺で行うイベントについて注意すべきことがある。寺に来るほとんどの人々が信仰を求めているのではない、ということだ。』(P108)つまり信仰を求めているわけではない人々の興味を継続的に引くだけの、魅力が必要。『(人集めができる)その秘密は「面白い」という一語に尽きる。学びが面白い。だから授業料を払ってでも駆けつける。法要が面白い。だから供養料やお布施を持って参加する。人々が面白いと意識し、その意識でイベントや法要を受け入れるようになったとき、初めて寺の本堂に、坊さんの前に、仏教の重厚な法を聴くべき人々が現れることになる。』(P116)
2つめに、『(葬儀改革の実践には)膨大な仕事量が付随してくる。誹謗や中傷を振り払い、存分な手間をかける勇気がもてないのなら改革など口にしないほうがいい。』(P188)膨大な仕事とは、例えば、火葬場の手配・遺影写真の用意・お花の手配・通夜などの料理の手配・個性を尊重した祭壇のセッティングなど。

これらを総合すると、本気で寺院運営を改革していこうと思ったら、住職は仏教そのものを学ぶのと同等の情熱で、起業家としてのマネジメント能力アップ、また医者や法律家、学者など外部の専門家との人脈作りに励まないといけないということになる。完全に形骸化しながらもタテマエ上は出家者とされている僧侶という存在が、経営という世俗にどっぷりと関わらない限りは、人々に開かれた寺院経営はできないということになる。・・・だけどそれって、跡継ぎとして仏教学部で宗門の教学を学んだだけの住職にはハードルが高すぎないか?各派本山は、経営学特講をやらないとね(笑)

ところで、最も言いえて妙!と思ったのは下記の記述
『修行や研修の場に入ることは、彼ら(家業として寺を世襲する者)にとってみれば「刑期をつとめあげる」という感覚に似ている。』(P26)まさにコレこれ、これですよ。私は別に寺の跡継ぎとして生まれたとかゆーことは全くなく、大人になってから思い立ってこの道に入った部外者なのですが、世襲ぼっちゃん達の話を聞いていると、まさにコレなのですよ(^^;

参考:住職は出家者か?経営者たるべきか?について興味を持たれた方は是非こちらもどうぞ:お寺の未来

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コメント

おはようございます。お仕事、英語の勉強、読書、ブログのアップとまめですね。 ある方のブログで「聖おにいさん」が面白いとあり早速本屋で購入しました。何十年ぶりでの漫画本です。本屋では隣に手塚治虫の「ブッダ」もおいてあり、大人買いしてしましました。明日には全巻読み終わります。勝手な書き込みすみません。

投稿: おうすけ | 2009年6月19日 (金) 08時20分

> おうすけさん
コメントありがとうございます。
本の紹介記事は、読んですぐに書くことのほうが少なく、以前読んで印象に残っているものについて合間を見て書いています。で、今週は一冊も読めていないのです。読みたい本はたくさんあるのですが(笑)読書した分は英語学習の時間が減っていますし、全部をキッチリはやれてないですよ~。
 「聖おにいさん」は私も友人に薦められ読んでみました。残念ながら、私はあまりハマらなかったのですが(宗教ネタを扱っていることについて特に思うところがあるわけでなく、単に漫画としてイマイチ好みではなかったということです)今年の手塚治虫文化賞短編篇を取ったので、けっこう話題になっていますね。

投稿: 九条あおこ | 2009年6月20日 (土) 01時29分

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